<大賞> ◆書籍部門  『赤い罠 ディオバン臨床研究不正事件』(日本医事新報社)               桑島 巖さん  製薬大手ノバルティスの高血圧治療薬ディオバンが高い効果を示すという臨床研究データに早くから疑問をもった循環器内科医が、1通のメールをきっかけにギリギリと不正を追い詰めていく過程は、推理小説のように読者を引きこむ。 東京地裁の公判を欠かさず傍聴して事件の全体像を描く手法も、ジャーナリスト顔負けだ。 一般読者が知らない医学界の実情をも紹介したインパクト、科学性、さらに、テンポある文章が高く評価された。 読み終えたあと、医療の世界もまた、利権構造と競争原理に蝕まれていることを思い知らされる。 ◆映像部門  ドキュメンタリー映画『Given〜いま、ここ、にある しあわせ〜』 公益社団法人 難病の子どもとその家族へ夢を がんで片目と顔の半分近くを失いながら普通に小学校生活を送る少年(写真左端)とその家族。 元気に走り回っていた一人娘がムコ多糖症という難病で言葉を失い、笑顔を忘れ、歩くことも難しくなる中、 「今日を楽しもう」とする親子の日常。 「2週間生きられない」と宣告を受けた染色体異常の赤ちゃんが24時間体制の懸命な子育てでゆっくり成長を続け、いつしか「家族の中心」になっていく日々。 病気や障害への誤解や偏見を変えていく力を持った作品。秒数まで合わせるTVとは違った良さ、余韻も感じさせる。難病や障害を持つ子供の家族の自然な暮らしから、「特別な家庭」ではないというメッセージが伝わってくる。 ◆新聞・雑誌部門 『精神障害とともに』        南日本新聞  世界標準の10倍の精神科ベッド、縛られている患者が1万人を超えて、なお増え続けるなど、日本の精神医療は国際的に批判をあび続けている。人口当たりの病床数、入院患者数、20年以上の長期入院患者が最も多い鹿児島県でこの問題を、あらためて浮き彫りにし、社会を変えたいと実名や写真の掲載にも挑戦している。きめ細かな取材は、日本一の精神病床の県だからこそ意義深い。 1978年に精神病院を廃止する法律を可決したイタリアで、精神病を体験した本人や家族が、地域で温かく支える側になっている様子も丁寧に描かれている。海外に足を伸ばしての精神医療の本格的な新聞連載は、これまで例がなく、きわめて意欲的と評価された。 <優秀賞> ◇書籍部門   『アルビノの話をしよう』(解放出版社)                石井更幸さん メラニン色素が十分につくれない遺伝性の体質をもったアルビノ。医師にもあまり知られていないため「早死にする」「紫外線にあたらないように」など誤った指導をうけることも多い。髪を黒く染め、家族も悩み苦しんだ経験から、石井さんは、「私たちと同じ思いはさせない」と、30歳からHPを開設し、全国47都道府県を巡った。悩みを聞く中で、「誰でも簡単に読める入門書を書けないか?」とつくりあげた日本初のアルビノ入門書。当事者の体験談だけでなく、親の立場、当事者でもある研究者、長年支援してきた医師も加わり、多面的に、実用的につくられている。一目で理解できる当事者たちのカラー写真何枚も使われ、視力にハンディをもつ当事者の身になって書体にまで気を配るなど、こまやかな配慮に満ちている。 ◇映像部門  『Cancergift がんって、不幸ですか?』  日本テレビ報道局がんプロジェクトチーム鈴木美穂さん 24歳のTV報道記者が乳がんで右乳房を全摘出した。絶望の中、「がんになったからこそ伝えられることがあるはず」と信じ、闘病の全記録を撮影していた。体験を通じての思いを伝えようとした「記者魂」は感動的だ。家族が撮影した抗がん剤による副作用の姿など、死の恐怖と生きたい気力に満ちた凄まじい闘病の日々。本人が入ったチームで作った作品だからこその強さがある。当事者にしかわかりえない世界が描かれ、多くのがん患者に勇気を与える作品。 自分ではどうしようもない困難が突然訪れた時、人はどう向き合うのか。自身の赤裸々な闘病記録と、がんを経験した当事者にしか撮影できない取材記録を通じて、生きること、死ぬこと、そして、幸せの意味を考えたこの番組は、何度も再放送され、医療・看護現場や学校教育関係者から使用したいとの連絡が相次ぐなど、大きな反響を呼んでいる。 ◇新聞・雑誌部門 『4割の扉 超高齢秋田を歩く』          秋田魁新報 「4割の扉」取材班 世界で最も高齢化が進む日本の中で、秋田県はその最先端にあり、日本全体より30年ほど早く「4割の扉」(高齢化率40%)が開かれる。 「高齢者の生活実態をリアルに描き、老後の暮らしを具体的にイメージできる材料を読者に提供すれば、全世代で当事者意識を持って高齢化と向き合ってもらえると考えた」という取材班の意図が、あたたかい紙面づくりにつながっている。 高齢化を巡る議論は暗い調子に傾きがちだが、取材班は「長生きできて幸せ」と誰もが感じられる社会を目指そうと訴え、認知症の人の多くも実名で報じている。丹念な取材の中で、心身の衰えや不安に直面しながらも日々の暮らしを楽しみ、懸命に生きる高齢者の姿が見えてくる。 高齢者を重荷と受け止めず、温かいまなざしを向ける意識が広まるようにと、5つの提言をまとめて議論の題材を提供している。 <特別賞>    ◇書籍部門 『ルポ希望の人びと〜ここまできた認知症の当事者発信』 (朝日新聞出版)        朝日新聞記者 生井久美子さん 朝日新聞の記者が著した本書を、毎日、読売、日経各紙が書評で取り上げ、読売新聞特別編集委員は「哲学的とも思える表現が随所にある」とコラムで賞賛した。異例なことだ。 いまでこそ、認知症本人のネットワークが社会に発信し始めているが、筆者は、認知症が「痴呆」とよばれ、 「何も分からなくなる病気」と考えられていた23年前から、本人と真剣に向き合ってきた。それは、乳がんの取材を通して、当事者の発信が社会を変えることを実感し、それが認知症取材の原点となったからだったという。日本には認知症の人を取り巻く精神病棟の暗黒の闇があることも書き込まれている。 「その時々の医療がどう時代を反映したのかという医学的学術書としての価値さえ見出される」「読むものの立場によって多面的な視点を提供する本来のルポルタージュの王道を行くもの」と推薦の言葉にあった。認知症については、すでに当事者お2人が協会賞をうけており、今回も認知症ご本人の応募が複数あったが、本書の真価は「認知症」を越え、この社会はどうあったらいいのかを平明な文体で多くの人に呼びかけ、考えさせるもの、と特別賞に決まった。